美由紀:「圭子の夢は夜ひらく」は、個人的に難しい曲だったんです。今回収録した中で、藤圭子さんは誰とも似てないんです。天才だけど、狂気を感じさせる。その意味で、歌っていてとても難しかった。
― “十五、十六、十七と”のくだりを、“じゅうひち”と発音されてますが。
美由紀:あれ、“じゅうひち”と発音しているように聞こえるんですよ。
― オリジナルに準じたわけですね。
美由紀:フェイクとまではいかないけど、唯一この曲だけは、役者っぽく歌っている。裏を返せば、私の中にはあの天才もないし、あの狂気もないんだな、ってわかった気もするんですよ。
― “藤圭子”を演じている自分を見ている、もうひとりの自分がいた、ということじゃないですか。
美由紀:かもしれない。彼女の最期についても、すごく考えたし。一方で、あの詞の世界自体、私の人生からはちょっと遠いというか。戦後の、ある時代に決め込まれた世界じゃないでしょうか?「悲しい酒」のほうが、まだ少しスタンダード感がある気がします。
沢田:僕なんか飲めないから、“酒に心があるんかい?”ってつっこみたくなるけど(笑)
美由紀:たしかに酒を擬人化してるね(笑)。酒に話しかける以外悩みを消すすべがないなんて、こんな悲しいことはないですよ。
沢田:酒に逃げてるだけやん(笑)。
美由紀:逃げるしかないんだよ(笑)。
― お二人の、そうした違いも、功を奏したんじゃないですか。
美由紀:たしかにそう。沢田さんって、意外と言っては失礼だけど、すごくヘルシーなんですよ。食生活にも気をつかっているし。
沢田:僕は、糸の切れたタコはダメなんです。自由って、実は危険な不自由。ちゃんと守られてる、その中で遊べることこそが、最良の“自由”だと思う。僕たちが生きてるってことが、そういうことなんやからね。みんな同じような状況の中で生かされていて、その中で幸せを感じる。彼女の歌が感じさせてくれるのも、まさにそういうこと。重いけど、心癒される。さみしい時聞けば元気になるし、浮かれている時間に聞くと、忘れていたことを思い出す。
美由紀:うれしいです。自分でもそういう歌が好きったし、そういう歌手が好きだったから。
沢田:だから僕は、心配するべきところは心配する。はちゃめちゃにならんようにね。これから彼女はもっとすごくなると思うから。
美由紀:今回、沢田さんとやれたことが、やっぱり一番大きかった。それは間違いないです。
沢田:えらいもんが出来てしまったな(笑)。
美由紀:まさか「時の流に身をまかせ」をレコーディングする日が来ようとは、自分でも思ってなかったもの。
沢田:あの曲のアレンジは、テレサのイメージが強すぎるから。僕なりのオマージュにしているんです。
― 美由紀さん、以前おしゃってましたよね。テレサが日本語で歌う時の、少し舌ったらずな発音が、たまらなくかわいいって。
沢田:かわいいよなあ~❤
美由紀:その時も言ったかもしれないけど(歌い手にとっての)外国語の歌詞を魅力的に歌ってくれる歌手って、そうそういないじゃないですか。同じことは、自分が英語やポルトガル語で歌う時にも言えて、本当にこわい試みなんだけど、とにかく魅力的に聞こえることが大事。その意味で、テレサが歌う日本語って、日本人だと逆に表現し得ない。かわいらしいのに甘ったるくない。むしろ気高くさえある。
沢田:この詞の内容を見たら、よけいそう思うな。
美由紀:相当怖い詞ですよね。
沢田:言うたら、奴隷になります、って歌なんやから。
美由紀:ほんとほんと。そこまで言わせる男って、どんなんだろう。会ってみたい(笑)
― “普通の暮らし/してたでしょうか”って、今、普通の暮らしをしてないことが前提になっている(笑)。
美由紀:そうそうそう。
― しかも曲調はメジャー。よけい幸せそうな歌に聞こえるという。
美由紀:この歌がマイナーだったら、こわ過ぎます(笑)。とにかく命懸けの歌ですよね。命懸けって、ここまで美しいんだなあ。
沢田:“一度の人生”って、ちゃんと言ってるんだから。それさえも捨てることもかまわないって。でも、何事にも命を賭していく。これはすごく大切なこと。
美由紀:これだけ尽くしたんだから見返りをよこせ的な、“返せ”感がひとつもないじゃないですか。“そばに置いてね”って、もはや神々しい。やっぱり相手の男にあってみたいな。意外と禿げてたりして(笑)。
沢田:単なるおっさんかもわからんし(笑)。でもなあ、平凡な男ちゃうからな。案外、その筋の男かもわからんね。僕としては、高倉健のイメージが浮かぶんですよ。あんまり色恋に気持ちが行かない。男の義理と人情が先で、女は後回し。それでもついて行きたい、という。ようこんな歌詞を書けるなと思って。演歌の作詞家って、たいていおっさんやのに(笑)。
美由紀:「それぞれのテーブル」も、超よくないですか?
沢田:よかった。当初、僕がピアノを弾く予定だったんですよ。でも、いまいちいいイメージが、僕の技量の中で見つからなかった。そこで鶴来(正基)さんにお願いしたんやけど、素晴らしいタッチやったね。
― ピアノもさることながら、井上(“JUJU”博之)さんのサックスがまた。
沢田:最高ですよ。
―歌謡曲のサックスって、やもすれば説明的、手垢のついたものになりがちなのが・・・。
沢田:そこはすごく理解してもらった。演歌だから、いかにもそれ風に、というんじゃなく、ふだん通りに吹いてくださいって。
美由紀:あまりに基本的な話ですっかり忘れていたけど、たしかにどのミュージシャンも、その人そのままで演奏されてましたね。
沢田:みんな、ふだん通りなんです。
美由紀:みんなも、演奏しててうれしかったと思う。沢田さん、おしゃってましたもんね。
「圭子の夢は夜ひらく」のアレンジは、アート・アンサンブル・オブ・シカゴだって。
かっこいいよね。
沢田:ただ、いかにもアヴァンギャルドをやりましたと言ったりみせたりしたら、やっぱりだめ。見え隠れするくらいがよくて、なんなら隠してもいいくらい。どうせ聞いたらわかるんやから。なんかしらんけど、隠されてるなぁって。
美由紀:そういう、何風じゃない、エッセンスそのもの隠されているところがまた、今回の演奏のすごさだと思うんです。
「それぞれのテーブル」は、聞く人によって詞の受け取り方が変わるんですよね。まだ30代の男性スタッフに言わせると、“元カレがよく行く店で、待ち伏せしてる女の歌かと思いました”だって(笑)。
― 解釈が若いね(笑)。
美由紀:そしたら沢田さんが、“いやこれは、まだ思いが少し残ってる、って歌じゃないかな”って。読みが深いんですよ。そこまでは私は思わなかったから。
― 女性の側からすると、見て見ぬふりをしているわけですよね。
沢田:全然見てないようでいて、ちらっと見たり。でも、向こうは楽しそうに話したりしているわけよ。
― 一方で“バツの悪そうな/あなたの笑顔”とあるのが、男性の側も見て見ぬふりをしているのかも・・・と想像させられたり。
美由紀:当初そこまでは気がつかなくって。でも、なんにも気持ちが残っていなかったら、そんな風には言わない。そこになんか、ワビサビを感じますよね。
― 大人っぽい関係の歌ですよね。
沢田:大人っぽい。どろどろが残っているというより、思い出があって、でも別れた二人が、たまたま出会うという。
美由紀:好きだったんだと思うよ。でも、なんていうんだろう・・・
― 今、声をかけたからって、再び幸せになるということはない、というのもわかっている。
美由紀:そうそうそう。なかなかないですよね、こういう歌。
沢田:テーブルというのが、店のテーブルやなしに、お互いの人生の比喩になっている。
美由紀:まだ好きなんだと思うよ。だって“同じテーブルの友達の声も聞こえない”んだもん。
沢田:それまでにいろんな物語があった、そのすべてを1行に集約しているんやね。
美由紀:その若い女の子に嫉妬しているわけでもないんだよね、もはや。このストーリー性が大好き。店のドアが開いて・・・せつないよね~(笑)。
沢田:僕がいいと思う歌の人って、やっぱり詞が聞こえてくる人なんですよ。どんなにテクニカル、フレーズがすごいとかいっても、言葉が染みてこない歌い手は、僕にとってはだめなんです。それは僕の問題でもあるかもしれないけど、この人の歌はもう、わかる。
― 心配になるくらいわかるんですね(笑)。
美由紀:不思議なもので、昔はあまり詞のこと語っちゃいけないように思っていたんです。
単純に若かったということもあるんだろうけど、なんとなくサウンド重視だった気がする。
そう思うと、今作れてよかったアルバムということになるのかもしれない。
― そこで、エンディングを飾る美由紀さんのオリジナル新曲「歌で逢いましょう」。そもそもアルバムのテーマ・ソングとして作ったんですか。あたかも主題歌のように聞こえますが。
美由紀:まずアルバム・タイトルを、最初に考えたんですよね。もちろん「夢で逢いましょう」が下敷きになってるんだけど、自分も歌ってる時いろんな人に逢ってる気がするし、たしかに逢ってるんですよ。頭の中や、心の中で。あと実際のライブで、お客さんにも逢っているから、これは文句ないかなと。そこからですね。
― 詞と曲と、どういう順番で出来たんですか。
美由紀:詞を先にかいて、曲を沢田さんに書いてもらおうと思っていたら・・・。
沢田:持ってきた曲がいいから、このままでいいやということになった(笑)。言葉に付随して出てきたメロディだったから、変に僕がいじったりするより、あなたが書いてきた妙な記号を、それなりに譜面に起こしさえすればいいって(笑)。
美由紀:歌詞って難しいですよね。文章に書くようにはいかないから。
― “歌で逢いましょう”と歌われるくだりも、独特の音符の動きですよね。
美由紀:歌っていくうちに、なんとなくこういう形になったって感じかな。
― 悲しいような、うれしいような、みたいな。
美由紀:どっちもあるといいですよね。ただ悲しいだけでも、うれしいだけでもない。たしかにここには、歌詞が出来たことによって、その言葉にふさわしい音の動きを探して作ったかな。
― 自分でコーラスもつけて。
美由紀:曲の構造としては、Aメロとサビが実は同じ。わりとシンプルな曲なんです。
沢田:逆に言ったら、自分の身の丈で、ごく自然に歌われているじゃないですか。
美由紀:そこを汲んでくださって。
沢田:変にいじるより、そのまま素直に完成させたほうがいいと思った。
美由紀:ほんとうに泣いちゃう。おおはた(雄一)君が弾くスチール・ギターと、沢田さんの星のようなピアノがまた・・・。マスタリングの時も、聞きながら泣いちゃったもん。
沢田:この曲を聞いて終わると、もう1回頭から聞きたくなる。11曲目であり、1曲目なのかもしれないよね。
このアルバムが彼女のスタートなのかもしれない、と思うんですよ。ここまで出来たじゃなしに、ここからを彼女のスタートにしたい。前から評価してたし、好きな歌手だったけど、それがこのアルバムを機に、僕自身の音楽をやるうえでも、大切な存在になった。
美由紀:そう言って下さると本当にうれしいです。若い頃から共演してきてくださったけど、自分もこのアルバムを作ったことで、どこか前と違う自分になった気がしているから。